原文入力:2009-03-27午後07:41:42
コ・ミョンソプ記者
←<古代原子論-快楽の原理としての唯物論>ジャン サーレム著・ヤン・チャンニョル訳/ナンジャン・1万9000ウォン
<古代原子論>は‘原子論’という名前で括られる古代ギリシャ・ローマの三人の哲学者デモクリトス(紀元前460年頃~360年頃・写真),エピキュロス(紀元前342~271年),ルクレティウス(紀元前94年頃~55年頃)の思惟世界を解説した本だ。古代哲学専門研究者であるジャン サーレム フランス,パリ1大学教授がこの分野に関心がある一般人用に書き、その下でエピキュロス哲学で博士学位論文を準備しているヤン・チャンニョル氏が韓国語に訳した。
この原子論者らが今日の私たちにもたらす意味は、この本の副題‘快楽の原理としての唯物論’に表われている。著者はこの三人が唯物論的世界観を定礎し、そこに立って‘快楽の倫理学’を説明したと語る。この3原子論者,そのうちでも特にデモクリトスとエピキュロスの原子論が現代哲学の関心事になったのは、若き日のカール・マルクスの研究に力づけられたことが大きい。22才のマルクスは博士学位論文で、この二人の思想を比較した<デモクリトスとエピキュロス自然哲学の差>を書いた。マルクスはこの論文を通じて、ヘーゲル観念論の磁場内で高まった自身の思惟を一新する契機を準備した。一種の唯物論的跳躍の踏み台を捜し出したわけだ。
ジャン サーレムの<古代原子論>はマルクスのこの論文を叙述の背景または発端としている。しかしマルクスとは違った方式でこの古代唯物論者らの思想を解釈する。マルクスがデモクリトスとエピキュロスを劇的に対立させ、先輩を棄却し後輩の側に立つならば、サーレムは二つの原子論者の差よりは同種側に重きをのせる。原子論という大きい束の中で二人の考えの連続性を追跡する。
それならエピキュロスとルクレティウスの関係はどうなのか、著者はエピキュロスとルクレティウスを各々章を分けて別に説明しているが、根本的に二人の哲学は重ねられると語る。エピキュロスより200余年後に生きたローマ詩人 ルクレティウスは徹底してエピキュロス主義者であった。彼は自身の著作でエピキュロスの足跡をそのまま追った。ルクレティウスの意味はエピキュロス哲学の卓越した注釈にあるといえる。エピキュロスは300編に及ぶ多くの著作を残したが、その中で現存するものはごく少数に過ぎない。したがって彼の思想を知ろうとすればルクレティウスの忠実な解説が後押しされなければならない。著者がこの本でルクレティウスを説明するのも、究極的にはエピキュロス哲学を理解しようとする努力ということができる。
←古代ギリシャ・ローマの三大哲学者 デモクリトス(紀元前460年頃~360年頃)デモクリトス・エピキュロス 哲学解説
死に対する恐怖はね除けた古代唯物論
“哲学は推論を通じて幸せな人生を得る活動”
デモクリトスとエピキュロスが共有する唯物論的世界観は“全宇宙は物体と空で形成されている”という命題に集約される。宇宙は始めもなく終わりもない。その内部は物体で満たされているものの、物体が運動できるのは空があるためだ。ここで、物体はこれ以上分けることはできない微粒子の集合だ。この微粒子、すなわち原子を一種のレゴとするならば、この世界はそのレゴらの結合であるわけだ。この‘レゴランド’には創造主や絶対者が割り込む余裕がない。そのような神的存在なしにこの世界は自ら作動して変化する。ここまでは二人の考えが違わない。二人が分かれる地点は‘原子の運動’だ。デモクリトスは原子が重さを持っており、雨のしずくのように上から下にのような速度で落ちると語る。落ちて衝突し飛んでからまる。
ところが、同じ速度で平行するように落ちるならば互いに衝突することはない。この矛盾を解決するのが、エピキュロスが提案する‘クリナメン’(偏位)だ。エピキュロスは上から下に落ちる原子が少しずつ垂直からそれる離脱運動をすると語る。この離脱がまさに偏位だ。この偏位があるから原子は互いに衝突でき一種の‘ブラウン運動’をすることができるし、その偏位の自由運動の中で集合と離散を通じ世の中の万物を作り出すことができる。こういう原子論的自然学に基づいて倫理学が繰り広げられる。エピキュロスに自然界は倫理の世界と親縁性を越えて、ある一致性がある。自然のクリナメンは思惟のクリナメンに続き、この思惟のクリナメンから思惟の意志,思惟の自由が導き出される。
エピキュロスの哲学はよく‘快楽主義哲学’という荷札を付けているが、その時の快楽主義は‘今日を楽しめ’(carpe diem)式の‘焦る快楽主義’とは種類が全く違うと著者は話す。エピキュロスが快楽こそ最高善といったことは事実だ。しかし、この快楽は欲望の節制を通じて得ることができる‘苦痛の不在’に近い。エピキュロスはそのような快楽を置いて‘アタラクシア’(平静心)といい、アタラクシアを通じて幸福を求めることができるといった。彼がアテネ郊外の庭園にたてた学校(‘エピキュロスの庭園’)で教えたことはアタラクシアに達することだった。哲学は“推論と討論を通じて幸せな人生を勝ち取る活動”だった。エピキュロスは唯物論的世界観が神の審判に対し恐れることがなく、換言すれば死以後に対する恐れがなく、人生を賢く洞察し幸福に達する道を探せるようにしてくれると信じた。唯物論が快楽の原理,幸福の原理になる理由だ。
コ・ミョンソプ記者michael@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/346606.html 訳J.S