原文入力:2012/03/26 20:40(3685字)
←イ・ジョンヒ統合進歩党代表. 写真 カン・チャングァン記者 chang@hani.co.kr
統合進歩党代表インタビュー "‘京畿東部操縦説’は野党圏連帯の亀裂を狙った100%小説"
"言葉には気を付けて、仕事はたくさんすることで自らの役割をつくさなければならない時なのに…" インタビューに先立ち‘困惑しそうな質問を準備した’という記者の話にイ・ジョンヒ(写真)統合進歩党代表はこのように答えた。インタビュー開始後にもイ代表は最初の質問からしばしためらった。それから「私の心を覗き見ています」としてやっと口を開いた。
26日午前、国会議員会館事務室で行ったインタビューの合間合間にイ代表は涙を拭った。 総選挙不出馬を選択したことによって世論調査歪曲波紋で触発された野党圏連帯の危機は収拾がついたが、まだ自らを全て収拾しきれていないようだ。
彼女は去る23日‘最も低くて大変な席で献身する’という言葉で終わる辞退記者会見文を直接書いたと言う。 だが、イ代表は「それに先立ち出馬の弁も直接書いた」として「かえって出馬の弁を書くときの方がはるかに多く泣いた」と語った。 不出馬より出馬の方がさらに苦痛で辛い選択だったということだ。
‘統合進歩党内の特定政派が党とイ・ジョンヒ代表を操縦している’というセヌリ党と保守言論の集中攻撃に対しては「党代表として自分の進路は私が決める」として「100%小説」と断固として言い切った。 彼女は続けて「保守言論が攻撃する理由は(野党圏連帯の一つの軸である)民主党内部を揺さぶろうとする意図」として「ハン・ミョンスク代表に民主党が揺れてはならないという意を明確に伝達した」と話した。
再び明らかにした辞退の所感
出馬の弁を書く時にたくさん泣いた
辞退会見文は書きやすく
支持者に大きな傷を残さないように熟慮した
-競選波紋がふくらんで、不出馬宣言に至るまで大変な過程を体験したが、所感は?
"私の心の深いところを覗き見ている。社会で暮らしている多くの人々が願うことと私が望むこととがどれくらい一致しているのか。 事実、出馬の弁を書いたが、辞退会見文を書く時よりも、その時にはるかに多く泣いた。自分を全て投げ捨てても克服しなければならない状況があるのではないのか、達成しなければならない目標があるのではないかという思いで出馬の弁を書いた。"
-出馬宣言文と辞退宣言文の間の時間はどれくらいあったか?
"とても短かった。 すべてのことがおきたのが数日内ではなかったか。問題を極端に解決するか、でなければ道徳的に純潔でないけれど互いに共存する方式で解決するか、どれが支持者にあまり傷を残さないことかを巡って悩み続けた。 それで出馬の弁を書くほうがはるかに難しかった。 私が今まで生きてきた平坦で非難されもしなかった人生を投げ捨てることなので、出馬選択の方がより難しかった。 辞退の決心をして多くの方々が難しい決断をしたとおっしゃるが、私は(出馬宣言に比べて)本当に気軽な選択をしたなと考えている。"
-与党と保守言論は‘京畿東部連合という特定政派がイ代表と統合進歩党を動かしている’と攻撃しているが。
"統合進歩党が院内交渉団体になる可能性が(競選結果が発表された)去る19日朝に現実化した。 執権勢力と保守言論としては単純に与小野大の危険を上回る大きな問題と見ただろう。 実際、総選挙で執権勢力の核心的な対応戦略がまさに統合進歩党に対する攻撃だと見る。 当然それは人物に対する攻撃にならざるをえない。 私どもの側に誤りがあったが、それを口実にして私と党が誰かの操縦を受けたり、誰がこの党を操縦しているのかを国民が知らずにいるという保守言論の主張は100%小説だ。 私の進路は私が決めてきた。"
-‘京畿東部連合’と呼ばれる主流勢力が実際に存在するのではないか?
“2008年に党に入ったが、○○派、□□派そのような話をなぜ聞かなかったか? と言うが、それがどのように構成され誰が作ったということを知ろうと努力する必要がなかった。 党の公式的議論体系を抜け出した、いかなる別次元の接近がなかったためだ。別の次元の決定だからと私に伝えられたこともなかった。 党代表として公式に私に与えられた権限を行使すれば良い状況に変わりはなかった。”
-‘夫も京畿東部連合’という報道があったし、セヌリ党もそれを攻撃したが。
“夫は党員だが、私自身や私の夫も、そして夫の知人たちもそのような規定をしたことがない。 党職を受け持つ人々がいて、どの党でも党権派は現実政治には存在する。 政治的意見が同じ一部の人々が決めるとしてそれが党の意見になる形ではないということだ。”
保守側‘党権派攻撃’は
執権勢力の核心対応戦略
私の進路は私が決定してきたし
党の体系から外れた接近はない
-それではセヌリ党と保守言論の意図は何だと考えるか?
“保守言論が統合進歩党の派閥を口にするのは(野党圏連帯の一つの軸である)民主統合党を揺さぶろうとするものだ。 民主党内部に私たちが見知らぬ人もありうる。私たちの考えを疑う人々を揺さぶりたいのだ。 野党圏連帯が固まることを分裂させたいのだ。 昨日(25日)共同選対委会議の時、ハン・ミョンスク民主党代表に‘統合進歩党を攻撃する目的は野党圏連帯を破壊し亀裂を生じさせようとする意図であるから、民主党全組織が揺れないよう指針を明確に下してほしい’とはっきりと要請した。”
-民主労働党の分化の時、党内主流勢力の‘覇権主義’を批判する意見があった。 進歩陣営内部でも今回の‘冠岳(クァナク)乙競選波紋’がそのような脈絡で起きたと見る視角がある。
“過度な推測だ。 人の内面を推測してはいけない。 十分な論拠と説得力を持って話したとは思えない。 特に社会的地位のある方は一部で起きたことを組織全体だと話すことには慎重であるべきだ。 内部問題を緻密に覗いて見てから指摘する必要がある。”
-統合進歩党内部に過去の運動圏時期の古い慣行が残っているという批判もある。
“民主労働党は長い間あまりにも財政的に苦しく、とても難しい環境で仕事をしてきた。 安定してすっきりしている党務をするには足りない点もある。 だが重要なことは、進歩運動をしてきた人々がどんな気持ちで難しい過程を突き抜けてきたかを理解することだ。 きれいでない人々が集まったとすれば12年間にわたり進歩政党を続けられない。”
イ・ジョンヒの明日は
傍観者として生きることはできないが
責任を負う準備ができている人間か
徹底して検証することが第一だ
-冠岳乙地域の展望はどのように見るか? 野党圏連帯は回復したが、支持率を回復することは依然として容易ではないという見解もある。
“私が冠岳乙競選をわずか8日間行ったが、特にセヌリ党との対決でもなかったのに、変化の要求が爆発的だった。 街頭で会った市民、特に若年層の目つきが違った。 新しい勢力と人物に対する渇望に傷が生じたが、再び縫い合わせて大きくなっていく過程だと見る。 私が責任を感じる。 自分の姿がはやく良くならなければならないようだ。 統合進歩党候補が(冠岳乙に)再び出たことは私の辞退状況で両党の党員たちと支持者の心を集めるための最小限の措置であった。 必ず野党圏単一候補の勝利で帰結されなければならない。 野党圏単一候補に対する支持は確実だと見る。 大義を外れた行動をした人に対しては明確な審判があるだろう。”
-総選挙以後の自身の役割や政治的進路などを考えてみたか?
“18代議員を始める時も議員職は私が責任を全うするためにしばらく与えられた椅子だと考えた。 今でも責任を避けにくくて、それで苦心した。 (荷物を)下ろせば(責任を避けたい)誘惑がおきる。 その責任を全て果たすためにあえて我慢して耐えたことがあったではないか。 これまで私が生きた人生で経験したことのない苦痛…。(涙)今も悔しさをこらえて生きる多くの方々の前では話すことは辛いが、それでも悔しさが募っている。結局苦痛の椅子に再び座る準備ができたかについて答えるべきだが、18代に出馬する時とはまた別の点検が必要なようだ。 だが、評論家として生きることはできないし、傍観者として生きることはもっと許されない。私がどれだけ責任を全うする準備が出来ている人間かを徹底的に点検するのが第一だ。”
文 ソク・ジンファン、キム・ウェヒョン記者 soulfat@hani.co.kr・写真カン・チャングァン記者 chang@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/525307.html 訳J.S