バスケットボール男子韓国代表チームは、今大会でとりわけ「苦労」した。大会開幕前の10日に予選が始まったが、序盤は大きな注目を浴びず、190センチを超える「巨漢」たちがコンテナの狭いベッドで、まともに眠ることさえできなかった。決勝戦当日には、大会組織委員会の運営の不手際によりバスの手配ができず、練習を断念せざるを得なかった。バスケットボール会場で会ったある日本人は、「日本人たちも大会組織委員会のずさんな運営に憤っている」とし、「決勝戦の午前に練習ができなくなったことについて、韓国選手たちに申し訳ないと思う」と語った。
しかし、「不屈の代表チーム」はこれらすべての難関を乗り越え、見事に金メダルを首にかけた。20日、日本の名古屋にある愛知インターナショナル競技場で行われた2026年愛知・名古屋アジア大会の決勝で、日本を67-57で破った。2014年仁川大会以来、12年待ち望んだ金メダルだった。韓国は1970年、1982年、2002年、2014年の大会で金メダル、2018年の大会で銅メダルを獲得したが、2022年杭州大会(2023年開催)ではベスト8で敗退し、衝撃を与えた。この日14得点を挙げて活躍したイ・ジョンヒョンは、「死ぬ気でプレーした」と語った。2018年の大会からアジア大会に出場しているイ・スンヒョンは、「金メダルを獲れなかった悔しさ」を振り払った。
両チームは決勝戦らしく熾烈な攻防を繰り広げ、低得点の試合展開となり、前半を28対28で折り返した。終始拮抗した試合展開だったが、韓国の粘り強さは際立っていた。第3クォーターで、イ・ヒョンジュン、イ・ジョンヒョン、チャン・ジェソクらの活躍で55対47までリードを広げ始め、第4クォーターで本格的に点差を広げた。日本が点差を縮めるたびに、イ・ヒョンジュンのシュートがゴールネットを揺らした。この日27得点を挙げ、12年間待ち望んだ「金色のシュート」の最大の立役者となったイ・ヒョンジュンは、母親(1990年北京大会金メダリストのソン・ジョンア)に続き、アジア大会金メダリストの仲間入りを果たした。
韓国は今大会、粘り強い組織力を武器に、男子バスケットボールの底力を示す成果も挙げた。韓国代表チームはグループリーグから一度も負けずに頂点まで駆け上がった。イ・ヒョンジュン、ユ・ギサン、イ・ジョンヒョンらが加わった「シューターのチーム」らしく、特に攻撃力が爆発した。準決勝までの3試合連続で100点台の得点を記録し、グループリーグから準決勝まで3ポイントシュートだけで平均30点台を叩き出した。決勝戦でも3ポイントシュートを10本成功させた。他の国とは異なり帰化選手のいない韓国は、イ・スンヒョンやチャン・ジェソクといった「ビッグマン」たちが体を張って、相手チームの巨漢たちに立ち向かった。
ニコライ・マジュルス監督も「優勝」に向けた心の重荷を振り払うことができた。大韓バスケットボール協会は、杭州大会で失墜した名誉を取り戻すため、昨年12月にバスケットボール男子韓国代表チーム初の外国人監督を任命した。ところが、評価試合で明確な成果を上げられず、「このままではいけない」「監督を交代すべきだ」というバスケットボール界内外の不信感が高まった。マジュルス監督は「夏の間ずっと、誰がプレーしても良いパフォーマンスができるようシステムを作り上げてきた」とし、「今回の大会でそのシステムがうまく機能したと思う」と語った。
この日の勝利により、韓国代表チームは兵役免除の見返りを手に入れた。代表チーム12人のうち7人(イ・ヒョンジュン、ヨ・ジュンソク、イ・ジョンヒョン、ユ・ギサン、ムン・ユヒョン、ムン・ジョンヒョン、エディ・ダニエル)がまだ兵役を履行していない。国軍体育部隊(尚武)所属で11月の除隊を控えていたイ・ウソクは、少し早く軍服を脱ぐことになった。