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1600年間、腐らずそのまま…百済時代の「木造の池」発掘=韓国

登録:2026-09-03 08:13 修正:2026-09-03 10:00
(左)韓国で初めて木製の柄が完全に残った状態で出土した鉄製の斧と鋳造鉄斧。薔薇山城の集水池遺跡から出土した代表的な遺物だ。(右)薔薇山城遺跡から出土したサムテギの細部拡大図=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社

 約1600年前に百済の人々が使用していた韓国最古のサムテギ(ヤナギやハギなどの木の枝で編んで作られ、穀物をゆすったり、穀物や土などをすくって運ぶのに使われた生活道具)や木製の柄が付いた鉄斧、牛用の鼻輪などが、忠清北道忠州市の薔薇山城の内部から次々と発見された。

 国家遺産庁国立中原文化遺産研究所(ノ・ミョング所長)は、忠州市中央塔面長川里山73-2番地にある薔薇山城の一帯を発掘調査したところ、1~4世紀の漢城百済時代(百済が現在のソウルに相当する漢城に最初の都を置いた時期)の遺跡としては最大規模の木造集水池(貯水用池)を確認し、この集水池内からサムテギや鉄斧などさまざまな生活遺物が出土したと、1日発表した。

 研究所側が城壁を切開したところ、百済王室が築いたソウルの風納土城とほぼ同じ土木技術の水準で作られた版築構造の壁体が確認され、百済中央様式の土器も多く出土したことから、百済王室と中央朝廷が忠州を中原地域の中核拠点として支配していた実態が具体的に明らかになったと説明した。

 特に注目される成果は、城内北側の渓谷で確認された、漢城百済時代最大規模の木造集水池だ。内側は一辺約6.7メートルの正方形で、深さは約1.8メートルあり、長さ7メートルを超える丸太を加工して各壁面に用い、かみ合わせながら9段に積み上げられていた。集水池は水が集まる渓谷部で水を貯め、流れを調節した施設で、1600年前の百済の体系的な水資源管理と高度な土木技術を示していると評されている。

薔薇山城の木造集水池遺跡から出土した百済時代の牛用の鼻輪=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社

集水池遺跡から出土した百済時代のサムテギ=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
柄が完全に残った状態で出土した鉄製の斧の細部=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
 石積みの城壁の下からは、漢城百済時代の版築工法で作られた城壁の痕跡が発見された。版築は木の板などで枠を作った後、その中に土を入れて突き固めながら城壁を積み上げる古代の土木工法だ。百済の王城と考えられているソウル市松坡区の風納土城や夢村土城では用いられているが、地方の山城ではほとんどみられない。

 研究所側は「漢城百済の王城で使われた版築技術が積極的に適用された痕跡が明らかになり、百済の中央様式の土器や漆器類も多数出土しており、百済が薔薇山城を中原地域の中核拠点に設定し、中央の技術や組織力を投入したことがわかる」と指摘した。

忠州の薔薇山城で発見された木造集水池遺跡の近景=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社

薔薇山城の城壁の一部を切開した断面にみられる版築面の細部=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
 木造集水池遺跡の構造と性格を解明するために、さまざまな手法による調査も行われた。集水池内部に堆積した土をすべて水洗選別し、微細な遺物や有機物を回収して分析したところ、米・小豆・豆などを含む栽培植物と野生植物約50種や、牛・豚・犬などさまざまな種類の動物の骨が確認された。もみに脱穀・精米の痕跡が多くみられ、非常に珍しいゴボウ類の種子が確認された点も特記に値する。植物遺体を分析した国立慶州文化遺産研究所のアン・ソヒョン研究員は「古代の山城の遺跡でこれほど多様な種子や果実が確認されたのは、韓国内では初めてだろう」と述べ、その意義を強調した。

 国内で最も古い時期の実物資料とみられるサムテギ、国内で初めて木製の柄が完全に残った状態で出土した鉄製の斧、牛用の鼻輪など、5世紀の山城の人々の生活と周辺環境を復元する重要資料も確認された。

 このような成果を総合すると、薔薇山城は単なる防衛施設にとどまらず、百済が中央の技術や人的・物的資源を積極的に投入し、体系的に構築・運営した中原地域の中核拠点だとみられるというのが、研究所側の説明だ。

 今回の調査は、国家遺産庁と忠清北道、忠州市が共同で推進する薔薇山城の中長期的な調査研究の一環として行われた。研究所側は2022年下半期から続く発掘調査を通じて、既存の石積みの城壁の下から、漢城百済期の土城や生活空間、大型の木造集水池を順に確認している。

 1日から研究所の国原館展示室では、出土遺物の特別公開展(12月31日まで)も開催されている。薔薇山城の発掘現場は4日と5日午後1時30分~3時30分に一般公開される。

木造集水池遺跡の北西角の接合部分の拡大写真=国立中原文化遺産研究所提供

木造集水池遺跡の北西角の接合部分=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
木造集水池遺跡の底から土器などが見つかった様子=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
木造集水池遺跡の底から出土した各種の植物遺体=国立中原文化遺産研究所提供//ハンギョレ新聞社
ノ・ヒョンソク記者、写真・図版 国立中原文化遺産研究所提供 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1275619.html韓国語原文入力:2026-09-01 19:02
訳M.S

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