本文に移動
全体  > 文化

「関東大震災での朝鮮人虐殺を否定する日本、百年前と何が違うのか」【インタビュー】

登録:2026-07-24 10:20 修正:2026-07-25 11:07
1923年の関東大震災の朝鮮人虐殺を描いた絵巻。日本の古書店で見つかったもので、震災後に「淇谷」という名で大原弥市という日本人が描いたもの。発見者の高麗博物館の新井勝紘前館長は、「虐殺の実況中継のような絵」と評する=新井勝紘さん提供//ハンギョレ新聞社

 世界は今、憎悪の時代の真っただ中にいる。移民を排除する壁が築かれ、オンラインコミュニティーにまん延していたヘイトスピーチが街頭に飛び出し、マイノリティーを攻撃する。暴力と搾取の歴史的真実は、フェイクニュースと共に逆方向へと突き進む。ヘイトスピーチを「表現の自由」として受け入れるべきだと主張する詭弁(きべん)論者たちも公論の場に現れる。

 そのような濁流を前にして「差別とヘイトが人を殺す」と声をあげる人物がいる。日本社会のマイノリティーへのヘイトと差別の問題を執ように伝えてきた独立ジャーナリスト、安田浩一さんだ。韓国では日本の右翼の問題を掘り下げた書籍『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(2013、フマニタス)や『「右翼」の戦後史』(2019、オウォルエポム)などで知られる同氏は、今年韓国で出版された『地震と虐殺 1923-2024』(マルコポーロ)では、1923年の関東大震災での朝鮮人虐殺とその後を追跡した。本書は、100年以上前に終わった歴史ではなく、今も生きているヘイトクライムの現場としての関東大震災での虐殺と虐殺否定の歴史を扱ったルポルタージュで、2024年に毎日出版文化賞特別賞、2025年に日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞を受賞した。

日本のフリージャーナリスト、安田浩一さんが9日午後、ソウル麻浦区のハンギョレ新聞社でインタビューに応じ、関東大震災での朝鮮人虐殺を否定する日本社会を批判している=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

■100年前の虐殺、そして虐殺の否定

 なぜ関東大震災なのか。今月9日の講演のためにソウルを訪れた安田さんはハンギョレとのインタビューで、「私にとって関東大震災の朝鮮人虐殺は、今も続いている差別と偏見の荒波」だとして、「虐殺は完全には終わっておらず、その種は日本各地で育っている」と語った。虐殺の責任を無視する日本は今も弱者に対する「ヘイトと不寛容、排他と差別にまみれた」社会である理由がここにある。「鮮人(朝鮮人)暴動という流言飛語とそれに便乗した自警団の暴虐は、大正時代の東京の歴史においてぬぐい去ることのできない汚点」(1972年『東京百年史』)であることを認めていた日本は、今や歴史を否定している。1974年以降、朝鮮人犠牲者の追悼式に毎年送られていた東京都知事の追悼文は、2017年に途絶えた。真実と向き合う姿勢は遠のいた。

 大韓民国国会は昨年12月、共に民主党のユン・ゴニョン議員が代表となって提出した「関東大震災朝鮮人犠牲事件の真相究明および犠牲者の名誉回復に関する特別法」を可決した。首相室の下に委員会を設置し、最大6年間にわたり関東大震災での虐殺の真相を追及する法的根拠が整備されたが、加害国が認めて反省しない限り「虐殺の犠牲者は眠れない」

地震と虐殺 1923-2024|安田浩一著、キム・テギョン訳、マルコポーロ(2026)

 そのため、恐ろしい虐殺を告発する安田さんの文章は、檄文に近い激しい口調で書かれている。加害国日本の国民として、良心的な知識人として同氏が抱いてきた惨憺たる思いが、紙面にそのまま表れている。その思いは、まるで昨日起きた殺人事件を目撃した人物の証言のように生々しく迫ってくる。自警団に殺害された朝鮮人に関する当時の日本メディアの記事内容について、同氏はこう記す。「読み直すとうんざりする。(中略)刀で刺される瞬間に叫ぶ朝鮮の男たちに湧き上がった感情はどのようなものだったろうか。怒りか、悲しみか、それとも突然自分に襲いかかってきた不運に対する嘆きか。不合理な殺人を網膜に残して死にゆく彼の最後の叫びこそ、当時の朝鮮人が強いられていた『場』だった」

 安田さんは「ノンフィクション作家として、これほど激しい怒りの感情を文章で表現することが正しいのか、今でも確信が持てない」としつつ、「差別に苦しみ、人間としての尊厳さえ否定されてきた在日コリアンたちを多く見てきたので、国の利益のためにマイノリティーに苦しみを強いることに対して、胸が張り裂けそうになるほど心から怒りを感じる」と語った。続けて「少なくとも差別問題や歴史問題には中立などはあり得ず、差別の言葉をまるでひとつの意見のように紹介することに対しては嫌悪感を抱く」と述べた。

 激情的だからといってファクトをおろそかにしているわけではない。膨大な量の文献を検討し、虐殺現場を一つひとつ訪ね、韓国と日本の関係者を取材したのはもちろん、当時の日本の自警団が主に使用した武器であるとび口の形状まで追跡する誠実さが印象的だ。堅実な取材を前にして、右翼の詭弁の立つ瀬はないように思える。

 「あの虐殺は地震の混乱の中で起こりました」。日本社会の虐殺描写のやり方だ。安田さんはこのような描き方を強く拒否する。「地震はひとつのきっかけに過ぎず、殺意を発動させたのはまさに差別と偏見」だと考えるからだ。関東大震災の虐殺は決してデマの拡散による偶発的な事故ではない。1923年9月3日、内務省警保局長の後藤文夫は全国各地に打電し「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し不逞(ふてい)の目的を遂行」しようとしているとし、取り締まりを要請する。安田さんは「日本は当時、植民地主義を発展させるために朝鮮人を迫害し、殺害した」として、「朝鮮人は日本人よりも下位の階級であるべきで、『人間ではないから殺しても構わない』と考えていた」と指摘した。

 「虐殺」はないものの、今日も状況はあまり変わっていない。100年前も今も、政治権力は差別とヘイトを統治技術として利用している。「差別は低コストで人心を掌握できる便利な『政策』」であり、「差別行為に保証書を与えるのは行政」なのだ。

 国家の「下僕」として国民が虐殺に加担したように、今も権力が放ったヘイトと差別の磁場の中で、極右団体が暴力を先導している。虐殺犠牲者の追悼祭に送っていた追悼文を断絶させたのは、「嫌韓」感情に便乗した3期目の都知事、小池百合子だ。小池が追悼文の送付を中止すると、日本の極右団体「そよ風」は追悼式の会場近くで「六千人虐殺の濡れ衣を晴らそう」として虐殺を否定する慰霊祭を開催。「朝鮮人は朝鮮半島に帰れ」と叫ぶ彼らを見て、「あの時代(関東大震災当時)と何ら違いはない」と安田さんは本に記している。

「嫌韓」感情に便乗した小池百合子が東京都知事に当選し、「関東大震災朝鮮人虐殺」の歴史を否定。日本の極右団体「そよ風」が追悼式会場のそばで虐殺を否定する慰霊祭を開催した=安田さん提供//ハンギョレ新聞社

■ヘイトスピーチが表現の自由? 「マイノリティーこそ自由を奪われている」

 関東大震災後の朝鮮人虐殺と虐殺否定の歴史は、最近の「5・18光州(クァンジュ)民主化運動」をめぐる韓国社会の問題とも重なってみえる。マイノリティーへの差別が虐殺にまで至り、歴史的真実があらわになっているにもかかわらず、歴史の時計を巻き戻そうとする動きがあるという点で、両者は似ているようにみえる。身の毛もよだつ暴力を嘲笑したり歪曲したりする声まで似ている。右傾化という世界的な流れの反映だろうか。

 「朝鮮人が暴動を起こした」。大量虐殺へとつながったこのようなデマは、今日のフェイクニュースと違いがない。光州もオンラインで出回る「北朝鮮軍介入説」などのフェイクニュースに苦しめられている。安田さんは「100年前のフェイクニュースと今のフェイクニュースは構造的に非常に似ているが、決定的な違いがある。娯楽の性質を帯びるようになっているということだ」と指摘した。安田さんは「今はユーチューブの運営者は笑いながら弱者を嘲笑し、それによって稼げるようになっている」とし、「差別と偏見が収益に結びつく構造」だと批判した。

 あげくの果てに、このようなマイノリティーへのヘイトを容認する集団は「表現の自由」を盾にしている。「5・18嘲笑応援」で物議を醸したソウルの培材高校野球部についても、「5・18は聖域なのか」と言って表現の自由を主張した者たちがいる。安田さんは、表現の自由を主張する日本の右翼をこう批判した。「表現の自由とは、権力者に対して私たちは何を言ってもよいという意味であり、弱者に対して何を言ってもよい表現の自由など存在しない。表現の自由を最も必要としているのは抑圧されている人々、沈黙を強いられている人々。差別されることが怖くて何も言えない人々の自由こそ守るべきではないか」

 ただし安田さんは、世界の普遍的な右傾化の流れと関東大虐殺の問題は分けて考えるべきだと強調した。「まだ『植民地主義』という1945年の敗戦以前の亡霊がうろついている、というのが日本社会の問題」だというのだ。そしてこう付け加えた。「人間はそもそも差別する存在だと言う人もいるが、認めることはできない。私たちは社会を維持していくために理性を持っている。それを否定すれば世は殺りくと戦争だらけになるだろう。日本社会はそのような差別に鈍感だったため虐殺を引き起こしたし、同じ過ちを繰り返そうとしているのだ」

2016年8月にソウルの光化門広場で開催された関東大震災虐殺韓人追悼式で、虐殺犠牲者を慰霊する「公州鳳ヒョン里の喪輿歌」が披露されている=資料写真//ハンギョレ新聞社

■「優れた社会は加害を凝視」

 虐殺は100年前の野蛮に過ぎないのか。反省なき社会は常に満開の花を咲かせうる暴力の種を宿している。「社会全般に広がっているマイノリティーへの憎悪は、いつ爆発するか分からない」というのが安田さんの考えだ。21世紀に至っても、地震や台風などの自然災害が発生すると、日本人のインターネット掲示板にはデマがまん延する。2011年の東日本大震災でも「外国人窃盗団が暗躍している」というデマが流れ、右翼団体は自警団を組織するに至った。2021年には在日同胞の住む京都のウトロで、22歳の日本人が韓国に対する敵意から火を放つという事件も起きた。安田さんは責任回避で一貫する日本政府の姿勢について、「日本社会から虐殺の記憶を消し去るだけでなく、新たな虐殺を招く恐れもある」と指摘した。

 「記憶」は野蛮への退行を防ぐ唯一の防壁だ。安田さんは、そういった意味で韓国と日本には決定的な違いがあると指摘する。「韓国には西大門刑務所や南営洞の警察庁人権センターがある」というのだ。ソウル南営洞の人権センターは、軍事独裁時代に民主化運動にかかわった人を拷問した『南営洞対共分室』の跡地を生かし、痛ましい歴史を記憶するための場所となっている。安田さんは「優れた社会は、自らがおこなった加害を凝視できる社会だ。日本には加害の歴史を伝える場所がない」とし、「そのような空間を作り、教育することから反省は始まるだろう」と述べた。

 歴史の退行を全力で阻んできたのは平凡な市民だ。朝鮮人の遺骨を発掘し慰霊する会ほうせんかの慎民子(シン・ミンジャ)さんがいた。その前には真実の一端を追跡してきた日本の小学校教師、絹田幸恵さんがいた。絹田さんの前には、大震災から2年後の1925年に朝鮮人虐殺の現場を絵で記録した画家「淇谷」(大原弥市)がいた。権力が隠蔽し歪曲しようとも、「記憶のバトン」をつなぎ、弱者の側に立った人たちだ。

 その記憶のバトンを受け取った安田さんは、著書にこう書いている。「日本だけでなく世界が閉鎖的なナショナリズムを強めている。そのような時代を共に生きる人間として、虐殺の反省なき『加害国』で生きる人間として、改めて訴えたい。殺さないために/殺されないために/殺させないために、そのために私はこれからも書き続け、差別や偏見と闘うつもりだ」

オム・ジウォン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/1269736.html韓国語原文入力:2026-07-24 05:01
訳D.K

関連記事