イーロン・マスクがチェーンソーを持ち上げ、「官僚制のためのチェーンソー」だと叫びながらワシントンに登場してわずか4カ月で、彼の政府効率化省(DOGE)の実験は幕を下ろした。連邦予算を2兆ドル削減するという野心に満ちた当初の公約は1650億ドルへと92%も縮小され、マスクは辞任し、その後、トランプと大きな衝突を起こすなど、総体として失敗に終わった。
今回の事件はマスク個人の挑戦の失敗にとどまらず、私たちに重要な問いを投げかける。果たして、シリコンバレーの革新的方法論は政府の運営にも用いることができるのか。そして、発足したばかりの李在明(イ・ジェミョン)政権に何を示唆しているのか。
まず、マスクの短いワシントンにおける実験が残した教訓をみてみよう。マスクがテスラとスペースXで示した革新の成果は大きい。彼は電気自動車(EV)市場を革命的に変えたし、民間による宇宙開発の新たな地平を切り開いた。しかし、政府の運営は企業経営とは根本的に性格が異なる。
企業においては最高経営責任者(CEO)の意思決定が迅速に実行されうるが、政府においては議会、裁判所、各種の利害関係者による複雑なけん制と均衡システムが働く。マスクは「官僚制の状況は私の考えていたよりはるかに深刻だ」と述べたが、これは民主主義システムの本質的特性を見落とした発言でもある。
政府において「非効率」とみなされるものの多くは、実は透明性、公正さ、責任を保障するための制度的装置だ。企業のような迅速な意思決定を追求すれば、民主的手続きが無視されたり少数の声が排除されたりする危険性が高まる。
シリコンバレーの「早く失敗して早く学習せよ」という文化は、革新には有効だが、公共サービスには適用が難しい。社会保障制度や医療保険のような国民の生存と直結する領域では、実験的アプローチよりも安定性と持続可能性の方が重要だ。
マスクの2兆ドルという削減目標が現実的に不可能だった理由もここにある。米国の連邦予算の大半は、社会保障、メディケア、国防費などの、容易に手が出せない義務的な支出だ。企業のような「部署の廃止」や「人員削減」を単純に用いるのが難しい構造になっているということだ。
マスクの実験が示したもう一つの教訓は、政治的現実の複雑さだ。彼は企業のCEOとして慣れ親しんだトップダウン式の意思決定方式を政府で用いようとしたが、政治は絶え間ない交渉と妥協の過程だ。共和党の議員でさえ、自分の選挙区の利益に反する予算削減には反対の声をあげた。マスクがいくら効率を強調しても、政治家たちには有権者の票の方が重要だ。
マスクの例は、企業が政治に深く介入する際の危険性も示している。テスラは全世界で販売される製品を作る企業だが、CEOが特定の政治傾向を強く示せば、ブランドイメージに否定的な影響を及ぼしうる。実際にテスラ不買運動が起きており、退任後はトランプの一言で株価が暴落してもいる。
マスクのワシントンでの実験の失敗は、外部の人間による政府の改革は不要だということを意味するものではない。政府の効率改善は重要な課題だ。ただし、その方法論は民主主義の原則と公共性を考慮したものでなければならない。また、企業の革新文化から学ぶべきものはあるが、政府の改革は単なるコスト節減ではなく、国民のためのより良いサービスの提供が目標とならなければならない。
発足したばかりの李在明政権も、肥大化した政府の構造を改革し、効率を高めつつも、政策の実効性を見出すという大きな課題を抱えている。革新と安定、効率と民主性の間で均衡点を見出すべきであり、一方的で自身の経験のみに依存したやり方では解決が困難だ。マスクの4カ月間の実験は失敗に終わったが、その過程で得た教訓は、今後の政府改革議論の重要な参考資料になるだろう。
ソン・ジェグォン|ザ・ミルク代表 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )