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南北、汚物風船と拡声器放送「一時停止」…方向転換?それとも嵐の前夜?

登録:2024-06-11 06:00 修正:2024-06-11 08:13
政府が北朝鮮向け拡声器放送を再開した9日午前、京畿道坡州市の南北境界地域に北朝鮮向け放送拡声器があった軍事施設物が依然として残っている。この施設(右側)内に拡声器が設置されたかどうかは確認されていない=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 脱北者団体の北朝鮮向けビラ散布と韓国政府の拡声器放送の再開、北朝鮮の「汚物風船」飛ばしが相まって続いていた南北の張り合いに、10日に「一時停止」の信号が灯った。北朝鮮は「汚物風船」を飛ばすのを止めており、韓国側もこの日は北朝鮮向け拡声器放送を行わなかった。

 だが、この日の「一時停止」は局面転換を念頭に置いた方向転換のシグナルというよりは、さらに大きな対立と衝突を控えた嵐の前夜に近いというのが大方の見通しだ。実際、南北いずれも責任を転嫁しようとするだけで、先に一歩引こうとする気配はみられない。合同参謀本部は同日、北朝鮮が軍事境界線以北の前方地域に韓国向け放送のための拡声器を設置する動きが確認されたと発表した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は今回の事態の火付け役となった脱北者団体などのビラ散布について、制止または取り締まりを行う意思がないことを繰り返し強調した。

 統一部のク・ビョンサム報道官は同日の記者会見で、「ビラ散布問題については、表現の自由の保障という憲法裁判所の決定の趣旨を考慮してアプローチしているという既存の立場に変わりがない」と述べた。ユン・ヒグン警察庁長は記者懇談会で「(対北朝鮮)ビラが警察官職務執行法において制止の根拠になる『国民の生命と身体に対する急迫して深刻な脅威』に当たるかどうかがが明確でないと考えている」とし、「制止できる法的根拠がない」と述べた。

 だが、市民の声を現場で聞くソウル市や京畿道のような地方自治体の対応は、中央政府とは全く異なる。与党「国民の力」所属のオ・セフン・ソウル市長は同日午後、陸軍首都防衛司令部やソウル警察庁などの関係者が出席した中、「汚物風船」に関するソウル市統合防衛会議を開き、「北朝鮮による汚物風船の挑発で、ソウル市民が不快感と不安を同時に覚えている」と述べた。南北軍事衝突時に深刻な被害を受ける恐れが高い京畿北部など南北境界地域の住民を保護しなければならないキム・ドンヨン京畿道知事は4日、「堅固な安保態勢と対話に向けた努力が同時になされてこそ住民たちの不安を解消できる」とし、政府に政策の転換を求めた。

 これは、1カ月にわたり悪化の一途を辿っている今回の事態に、市民の疲労感が臨界点に達していることを裏付けている。1回目の脱北者団体の北朝鮮向けビラ散布(5月10日)→1・2回目の北朝鮮の「汚物風船」南下(5月28~29日、6月1~2日)→韓国政府、「9・19軍事合意」の全面的な効力停止(6月4日)→脱北者団体の北朝鮮向けビラ散布再開(6月6~7日)→3回目の北朝鮮の「汚物風船」南下(6月8~9日)→北朝鮮向け拡声器放送の再開(6月9日)→4回目の北朝鮮の「汚物風船」南下(6月8~9日)へと続く「責任転嫁」と「対抗措置」は、さらなる悪循環の沼へ吞み込まれていっている。複数の元政府高官は「ここでさらに一歩踏み出せば、軍事的衝突は避けられない」とし、「南北ともに自制が切に求められる状況」だと語った。

 ただし、韓国軍はこの日、北朝鮮向け拡声器放送を実施しなかった。前日には軍が運営する北朝鮮向けラジオ「自由の声」を午後5時から2時間にわたり最前線地域で固定式拡声器を通じて北朝鮮に向けて放送した。合同参謀本部は、2018年の「4・27板門店宣言」採択以降中断していた北朝鮮向け拡声器放送を6年2カ月ぶりに再開した直後、「韓国軍の北朝鮮向け拡声器放送をさらに実施するかどうかは、あくまでも北朝鮮の行動にかかっている」と述べた。にもかかわらず、北朝鮮は9日夜から10日未明にかけて310個余りの「汚物風船」を飛ばし、そのうち50個以上が軍事境界線を越えて韓国側に落ちた。北朝鮮が合同参謀本部の警告を「無視」したわけだが、合同参謀本部はいったん、拡声器放送再開での対抗は控えたということだ。

 合同参謀本部のイ・ソンジュン広報室長は「軍は戦略的・作戦的状況によって柔軟に作戦を施行している」として直答を避けた。「軍は任務を遂行する組織であり、命令があれば施行する」という合同参謀本部の普段の態度からして、この日の拡声器放送の中断は軍より高い「上層部」の指針があったことを示唆する。事態の初期から強硬対応を主導してきた尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は同日、これについて何も言及せず、トルクメニスタン、カザフスタン、ウズベキスタンの中央アジア3カ国訪問に発った。北朝鮮への対応の統制指揮所の役割を果たしてきたチャン・ホジン国家安保室長とキム・テヒョ国家安全保障会議(NSC)事務処長も同行した。

 尹錫悦政権の異例の「自粛モード」については分析が分かれる。イ・ソンジュン公報室長は、「昨日のキム・ヨジョン(朝鮮労働党中央委員会副部長)の談話は、従来に比べ若干レトリック上の威嚇のレベルに違いがあるものとみられる」と述べた。韓国に向けた発言のレベルが「予想より低い」という意味だ。一方、南北関係に長く関わってきた元高官は「尹錫悦政権が、北朝鮮の内部動向が『深刻だ』と判断し、ひとまず息を整えているのかもしれない」と語った。

 これに先立ち、北朝鮮は韓国の拡声器放送再開直後の9日午後11時過ぎに発表した「キム・ヨジョン朝鮮労働党中央委副部長談話」で、「ソウルがこれ以上の対決危機を招く危険な行為を直ちに中止することを厳重に警告する。韓国が国境越しへのビラ散布行為と拡声器放送の挑発を並行するなら、われわれの新たな対応を目撃することになるだろう」と述べた。北朝鮮はこの談話で、「休む間もなく紙くずを拾わなければならないという困惑な状況は、大韓民国の日常になるだろう」とし、(対北朝鮮ビラ散布には)「百倍の汚物」で対応するという方針を再確認しながらも、「新たな対応」という表現で「汚物風船」を越える対南対応の可能性に言及した。

 これと関連し、北朝鮮は5月26日の「キム・ガンイル国防次官談話」を通じて、「韓国の傀儡海軍と海洋警察の各種艦船がわれわれの海上国境線を侵犯する頻度が多くなっている。ある瞬間には、水上・水中で自衛力を行使することもあり得る」とし、「軍事的対応」の余地を早くから残してきた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記兼国務委員長も今年1月15日、最高人民会議第14期第10回会議の施政方針演説で「北方限界線」について「不法無法」だとしたうえで、「大韓民国がわが領土、領空、領海を0.001ミリでも侵犯すれば、直ちに戦争挑発とみなす」と述べた。

 チョン・セヒョン元統一部長官は「責任の所在を争う前に、国民の生命と安全のためにも、尹錫悦政権が状況をこの辺で止めなければならない」とし、「そのためには最高裁(大法院)と憲法裁判所がかつて指摘したように、警察官職務執行法などを根拠に北朝鮮向けビラのさらなる散布を統制しなければならない」と語った。

イ・ジェフン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1144248.html韓国語原文入力:2024-06-10 23:43
訳H.J

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