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[コラム]尹大統領の旧態依然とした「紙ナプキン経済学」

登録:2024-02-02 02:01 修正:2024-02-02 08:07
尹錫悦大統領が1月17日、ソウル汝矣島の韓国取引所で開催された「国民と共にする民生討論会」で発言している=大統領室提供//ハンギョレ新聞社

 ユルゲン・クリンスマン監督のサッカーを見ていると尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が思い浮かぶ。この突拍子もない連想作用のわけを探ってみると、2人とも戦術がないように見えるところが似ているのだ。欧州派12人の最強陣営をもってしても「これしかできないのか」と思わせる韓国サッカー、旬の過ぎた理論で難題を解決すると主張する3年目の大統領の経済認識こそ、喉がつまるようなもどかしさの理由だった。

 尹大統領は年が明けてから「国民と共にする民生討論会」を連続開催している。総選挙用のにおいがプンプンするばら撒き政策を大盤振る舞いするその場で、尹大統領はマイクを握って自らの経済観を講義するかのようにひけらかす。要約すると、減税と規制緩和で市場の活力をよみがえらせれば、企業の投資と雇用が増え、労働者の所得と政府の税収が増えるというのだ。おなじみのトリクルダウン効果の経済学だ。ごく少数の投資家だけが恩恵を受ける金融投資所得税の廃止、株式譲渡税の課税基準の引き上げ、相続税の緩和、複数の住宅の所有者に対して譲渡税を重くする制度の廃止も、大統領の経済観に照らせば不思議ではない。

 1980年代、「減税すればむしろ税収は増える」という米国の経済学者、アーサー・ラッファーの主張にロナルド・レーガン大統領が魅了され、それは新自由主義と結びついて大々的な減税政策へとつながった。ラッファーは当時、ホワイトハウスの実力者たちとワシントン市内で食事をした際に、税率と租税収入の関係を、逆U字型の簡単なグラフを紙ナプキンに描いて説明した、というエピソードがある。だが減税のトリクルダウン効果理論は、このような政策基調を採用した国で例外なく不平等が激しくなったことからも分かるように、虚構であることが明らかになっている。

 尹大統領は金融投資所得税の廃止を公式化した際に、金持ち減税だとの批判は「旧態依然としたもの」だと表現した。しかし、他国が低成長、不平等の深化、出生率の低下のような時代的難題を解決するために、政府と市場の役割をどのように調整し、租税および財政政策をどのように運用しているのるかを、よく見る必要がある。そうすれば、金持ち減税批判ではなく、「金持ちがさらに金持ちになれば貧しい人も豊かになる」という神話にすがっている政策基調の方が、むしろ旧態依然としたものにみえてくる。

 世の流れは変わり、市場にすべてを任せようという声は小さくなり、政府の適切な役割が強調されている。地政学の変化、デジタル技術の発展、気候危機の深化のようなメガトレンド(巨大な時代の流れ)は、市場の力を利用する知恵とともに、政府の計画と積極的な対応を求めている。国家の帰還だ。その手には産業政策が握られている。韓国などの「アジアの龍」と呼ばれた国々は産業政策をうまく活用して先進国を追撃してきた。今の産業政策はより包括的で戦略的なものへと進化した。ある産業に補助金を与えたり、輸入規制をしたりするレベルにとどまらない。米国のインフレ抑制法と半導体支援法、欧州連合(EU)のグリーン・ディール産業計画とネットゼロ産業法、日本の新しい資本主義政策のような産業政策を見ると、いくつかの特徴がある。

 まず、炭素中立(カーボンニュートラル)やクリーンエネルギーへの転換のような未来志向的な価値を明確にし、その下に産業およびエネルギー転換戦略と雇用創出策を有機的に配置する。EUが炭素排出にこだわっているように、産業政策に貿易規制になりうる要素を組み込んで、先に動いた方が競争優位に立つようにするための布石も敷いている。米国が中産階級の強化を、日本が労働者の賃金引き上げを具体的な目標として提示しているように、政治的正当性を確保するための装置も用意している。具体的な財源調達方法を明示し、必要なら財政赤字も辞さないなど、産業政策をマクロ政策と有機的に連動させている。

 最近の日本に見られる「失われた30年」の低成長とデフレーションから脱する兆しが産業政策の効果だと考えるには早いが、さらに注視していく必要がある。2021年10月に発足した岸田内閣は、グリーン転換、デジタル転換などの5大重点分野を選定して大規模投資を行うとともに、スタートアップの活性化、家計所得倍増計画を打ち出すなど、成長と分配の好循環に向けた政策を立案し、実施している。これは前政権の量的緩和などと結びつき、経済全般に明るい雰囲気を漂わせている。岸田政権から半年遅れて発足した尹錫悦政権は外部の変化にあえぎながら対応してきたに過ぎず、国際情勢と産業の変化を読み取って国家経済の戦略的方向性を定めようとした形跡はあまりない。

 尹大統領は、巨大野党の妨害でなすべきことができないと言って、総選挙で与党を多数党にしてほしいと訴える。しかし、計画と戦略が不十分なのに、国会議員の数が多いことに何の意味があるのか。総選挙局面で国家的ビジョンと戦略を打ち出せないという情けない状態にあるのは、民主党も同じだ。だとしても、ハンドルを握っている大統領と与党の方がまず変わるべきだ。

//ハンギョレ新聞社

イ・ボンヒョン|経済社会研究院長兼論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1126899.html韓国語原文入力:2024-02-01 17:09
訳D.K

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