「万機親裁」という言葉がある。国王がすべての政務に直接関わることを指す。中国の秦の始皇帝や劉備の死後に劉禅の摂政を務めた蜀漢の丞相の諸葛亮、朝鮮の世宗や正祖などの国王がそうであった。朝鮮王朝の純祖の時代(1800~1834年)に出された『万機要覧』という本は、「万機」を「財用」と「軍政」の 2篇に分けて叙述したが、財用の方により重きを置いた。万機の核心は国民の生活を運営することだということを示している。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は「万機親裁」をしないという意向を明らかにしたことがある。候補時代の2021年10月20日、SNSに「大統領が万機親裁してあらゆることを思い通りにするのではなく、各分野の優れた人材が能力と技量を十分に発揮できるよう、国政をシステム的に運営する」という投稿を掲載した。その前日に「全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は、軍事クーデターと5・18(光州事件)を除けば、政治はよくやったと語る方が多い」と述べ、論議が起きたことに対し、釈明する投稿だった。
だが、大統領に就任してから9カ月近く経過した現在、尹錫悦政権の意志決定をみると「大統領の万機親裁」に近いようにみえる。「全権委任」はほとんど見出せない。複雑この上ない国民の生活の運営も例外ではない。これまでずっと検察官として生きていた大統領の一言で、これまでずっと経済官僚として生きてきたチュ・ギョンホ副首相兼企画財政部長官が存在感を失うことが相次いで起きている。
国会で税法改正案が通過し、チュ副首相が半導体への税制支援は「世界最高水準」だと記者懇談会で語ったわずか3日後、大統領は「税制支援を追加拡大する案を積極的に検討してほしい」と指示した。企画財政部は4日後の1月3日、「半導体税制支援強化案」を推進するとして従った。最近では、暖房費支援をめぐり大統領室が乗り出してきた。産業通商資源部は、暖房費急騰に世論が反発すると、1月9日に冬期エネルギーバウチャーの1世帯あたりの平均支援価格を、14万5000ウォン(約15000円)から15万2000ウォン(約16000円)へと7000ウォン引き上げた。昨年は2回引き上げたので、3回目の引き上げだった。ところが大統領室は1月26日、冬期エネルギーバウチャーの単価を1月9日の引き上げ額の倍に上げると電撃発表した。エネルギー脆弱階層への支援を増やしたことは良いことだと思われる。だが、これにより、尹錫悦政権の経済政策は、よりいっそう予測が難しくなった。
韓国経済の大きな負担になっているのが、原油や天然ガスなどの国際エネルギー価格の急騰だ。エネルギーの大部分を輸入に依存する韓国は、一生懸命稼いだ資金が外国に流れて出ているかっこうだ。エネルギー価格の上昇は国内の物価を引き上げ、家計の実質所得を減らし、金利を引き上げ可処分所得を減らす。内需消費も萎縮させる。家計は、自動車燃料費、電気料金、暖房費(主に都市ガスと灯油)の負担急増によって、それを実感する。
自動車燃料費は油類税を大幅に引き下げる減税で対応しているが、電気料金と暖房費の問題の対処法については、尹錫悦政権は一定のパターンを示している。まず、前政権の何らかの責任にして、あたかも値上げしないかのように語る。大統領選の時がそうだった。次に、少しずつ値上げしながら前政権を責め続ける。3段階目で支援策を出し、再び前政権の何らかの責任にする。今は3段階目だ。問題は、現在の国内価格には国際燃料価格の上昇がまともに反映されておらず、今後は大幅に値上げすることなく持ちこたえる方法がないということだ。
昨年の3大エネルギー源である原油・ガス・石炭の輸入額は1908億ドルで、全輸入額の26.1%に達し、前年比で784億ドル増加した。昨年の平均為替レート(1ドル=1292ウォン)で計算すると101兆ウォン(約10兆7000億円)だ。その負担をどのように分担するのかを設計することが政策であり、そうするために経済主体への説得をやり遂げることが政治だ。政府の税金や公企業の損失ですべてを引き受けることはできない。エネルギー消費を減らすよう誘導し、国民経済が受ける打撃を減らし、企業や家計などの経済主体が公平に負担を分担できる案を出し、国会で議論しなければならない。それが民主政治だが、韓国では失われてしまった。政府与党の絶え間ない「前政権の責任」と、大統領の「勇断」がそれに代わっている。
値上げ要因が累積している電気料金と都市ガス料金を政府がどのように扱うのか予測ができない。大幅な減税を断行し財政健全性を掲げた政府が「追加補正予算案を練る」と厚かましく出てくるかもしれない。多くが「不確実性」という濃い霧に包まれつつある。
チョン・ナムグ|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )