20代の世論によって大統領選全体が揺り動かされている。特にユン・ソクヨル候補は、20代男性、いわゆる「イデナム(2代男)」の去就によって支持率がジェットコースターのように上がり下がりする。有力候補と政党は青年世代の声を聞くと言って平身低頭するが、実は彼らが耳を傾けているのは女性を含む青年の声ではなく「アンチフェミニズム」を叫ぶ一部の男性の主張だ。このように「ジェンダー議題で積極的に発言し行動する20代男性」のことを私は、その他の青年と区分して「活性イデナム」と呼ぶ。
現象は新しいのかもしれないが、「活性イデナム」の存在そのものは全く新しいものではない。アンチフェミニズムを旗印にして極端な認識と行動を示す20代の男性集団は過去にも存在した。ずいぶん前のことだが、大学のフェミニズムメディアに対する「イデナム」の全国的なサイバーブリング(ネットいじめ)が起きたことがある。いわゆる「越塀事態」だ。2001年ごろの出来事だったにもかかわらず、2022年の事件といっても全く違和感がないほど似ていた。行政機関として「女性部」が初めて設立され、同時に男性の間で「女性部廃止論」があふれた時代だ。「旧活性イデナム」たちは今や40代。驚くべきことに、彼らは政治的に最も進歩的な世代だと言われる。「活性イデナム」の出現は、理念的に進歩か保守かという問題とはあまり関係がない。
もう一つ重要な点は、「活性イデナム」の認識が平均的な青年男性のそれとは明確に異なるということだ。20代男性は、内部の同質性がどの世代と比べても低い。これは世論調査や統計を通じて繰り返し確認されている(2019年の「時事IN」の「20代男性」特集、2021年のKBSの「世代認識集中調査」)。「86世代」、「X世代」、「MZ世代」などの各世代集団は、同程度の同質性を有しているわけではない。簡単に言えば、20代同士の似ている程度と60代同士の似ている程度は異なりうるということだ。同質感の最も強い集団の代表例は、戦争に参加して共に血を流した「徴兵世代」だ。生と死の境をさまようむごいトラウマを共有しているため、彼らの考え方は政治的選択でも強く同期化する可能性が高い。
今日の韓国の20代男性には、その他の世代より遥かに亀裂が入っている。特に、所得や階級による認識の差が大きい。彼らはそれぞれが引き裂かれ、孤立している個人であり、その中の一部は自分のアイデンティティの空白をフェミニズムという共同の敵によって埋めている。この強い敵がい心こそ、世代的同質感を何とか維持している要素の一つだ。しかし、他の世代の集団に比べ、なぜ「イデナム」内部の異質性は特別に大きいのか。これについては専門家たちの意見も様々だ。今後、韓国社会が力を集中して解決すべき課題だ。
かつては、心にもなくても政治家は「国民統合」という言葉をよく口にした。豊かであれ貧困であれ、男性であれ女性であれ、みな同じ国民であり、共に生きていくべきだと語った。しかし今は大統領候補、院内政党の代表だという者が大っぴらに女性憎悪感情に乗っかり、市民を互いに反目させようとして血眼になっている。政治家という存在がそもそも邪悪だからだろうか。そうではない。発達した世論調査技法や統計が、こうした「分裂」は短期的には効果が大きいということを示すからだ。分裂の政治は徹底した実用主義、利益になれば何でもするという「商人の現実感覚」が政界を支配することで導かれた必然的な帰結だ。
「『イデナム』の世論こそすなわち20代の世論だ」との主張はもちろん誤りだが、「『イデナム』は過大に代表された虚像だ」と一概に無視するのも賢明ではない。政治の高関与層は、低関与層よりも大きな政治的達成感を感じ、より大きな影響力を行使し、よって現実の政治構図を実際に変える。より活発に政治活動を行う市民の意見がより多く反映されるのは自然なことだ。しかし生活が苦しいせいで、身体的・環境的障害のせいで、または別の理由で、政治活動を活発に行うことが難しい市民も少なくない。彼らの要求が黙殺されたり、過度に過小評価されたりすることは、決して望ましいことではない。ここから一歩進んで、政治高関与層の要求がそうでない市民の要求を黙殺するところまで行ってしまえば、民主主義の価値と文化は根幹から崩れ去ってしまう。
「活性イデナム」は過去にも存在した。しかし、それが憎悪の拡散、民主主義の破壊につながっているのは今が初めてだ。活性イデナムよりも、彼らを政治的に利用する既成の政界こそ民主主義の敵だ。
パク・クォニル|社会批評家・『韓国の能力主義』著者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )