ホッキョクグマは海洋哺乳類に分類される。主食がアザラシであり、クジラやセイウチなどの海に住む動物を主に捕食するからだ。
しかし、気候変動によって海氷が減ったことで、ホッキョクグマは他の陸上捕食者のように蹄を持つ動物であるトナカイに目を向けている。ホッキョクグマが成長したトナカイを狩る全過程を映像と写真で捉えた初の公式記録が発表された。
ポーランドのグダニスク大学の動物学者、レフ・ステムプニエビッチさんらの研究グループは、科学ジャーナル「極地生物学」最近号に掲載された論文で「ノルウェーのスヴァールバル諸島のホッキョクグマは、ついにトナカイ狩りができるようになった」とし「こうした現象は海氷が減少し、クマがより多くの時間を陸で過ごすようになるとともに、トナカイの個体数が増えた結果とみられる」と明らかにした。
スヴァールバル諸島には1年を通して300頭のホッキョクグマが生息しているが、彼らは春から夏にかけて捕食するワモンアザラシやアゴヒゲアザラシから冬を過ごすのに必要な大半のエネルギーを摂取している。ホッキョクグマは、アザラシの脂肪を消化する特別な能力を持つアザラシ専門の狩人だ。
しかし、気候変動によって海氷が固まるのが遅れ、かつ早く溶けるため、アザラシ狩りの時間が急激に減った。ホッキョクグマはこれに対し、クジラの死骸や死んだ魚を食べたり、ネズミを狩ったり、水鳥の巣にある卵まで狙ったりしていた。
ところで、科学者たちはかなり以前から、ホッキョクグマはゴミ箱をあさったり海藻類を食べたりして何とか生存していながら、どうして体の大きなトナカイは捕食しないのか不思議に思っていた。スヴァールバルのトナカイの雄は夏になると体重が118キロに達し、生息場所もホッキョクグマと完全に一致する。
研究者たちは「ホッキョクグマにとっては、トナカイは速すぎて捕れないか、そもそもホッキョクグマはトナカイを餌にはしないと思われていた」とし「しかし最近になって、ホッキョクグマの排泄物には最大で27%のトナカイが含まれているため、主要な餌になっていることが分かった」と論文に記している。
研究者たちがホッキョクグマのトナカイ狩りを実際に目撃したのは、昨年8月21日午後6時、同島のポーランドの北極基地付近でだった。若い1頭の雌のホッキョクグマが鼻を空に向けてにおいを嗅ぎ、海辺の岩の間でコケを食んでいたトナカイの群れに向かってゆっくりと近づいていった。
襲いかかってくるクマにようやく気づき、成長した雄のトナカイは海に飛び込んだ。水中でホッキョクグマはトナカイとの距離を素早く縮め、ついには首筋にかみついて溺死させ、水から引き上げた。
ホッキョクグマは2日間にわたって、ホッキョクギツネやカモメなどの掃除屋動物を追いはらいながら、トナカイの80%ほどを食べ、その後に残りを石で隠してその場を立ち去った。しかし翌日、このホッキョクグマが似たような方法で別のトナカイを捕食する姿が、他の現場にいた科学者に目撃された。
研究者たちは「狩りで最も興味深いのは、トナカイを海へと追い込んだこと」と説明した。一般的にトナカイはホッキョクグマより足が早く、長時間走る。
ホッキョクグマは、短距離は非常に速いが、体温が高くなりすぎて長時間走れない。研究者たちは「海にトナカイを追い込んだのは、氷点下の水によって体温が上がるのを防止する効果を狙ったように思われる」と述べた。
研究者たちはまた「トナカイは、ホッキョクグマに対する警戒心が緩いようだ」と述べた。他の北極地域にはヒグマやオオカミのような大型の捕食者が生息しているが、この島にはいない。一時は乱獲でトナカイとホッキョクグマがいずれも激減したため、主な餌であるアザラシを差し置いてホッキョクグマがトナカイに目を向けることはなかったのだろうと論文は語る。
現在スヴァールバル諸島には2万2000頭のトナカイが生息しおり、気候が温暖になるにつれて餌が増えているため、個体数は増加傾向にある。研究者たちは「(アザラシの子どもが生まれて狩りが容易になる)春から初夏まではアザラシが主な獲物だが、トナカイは足りないアザラシを補う重要な餌になるだろう」と予想している。また「トナカイを海へと追い込んで捕らえる専門的な技術は、子どもを通してホッキョクグマの間に広がる可能性がある」と論文は記している。
引用論文: Polar Biology, DOI: 10.1007s00300-021-02954-w