2025年に韓国人が中国をどのように見ているのかを知るためには、野火のように広がった「習近平失脚説」の舞台裏を振り返ってみる必要がある。
昨年から国外の「反中・反共産党」のユーチューブを中心に発生した噂は、今年に入ると、韓国のユーチューブ上で猛烈に拡散し、いまでは、主要メディアにも最も熱い中国関連の「ニュース」として登場した。中国軍No.2の張又侠中央軍事委副主席がクーデターを起こし、習近平国家主席から軍の統帥権を奪い、胡錦濤前主席や温家宝元首相ら党元老が政治権力も掌握し、習主席はすでに実権を失った「かかしの指導者」になったという内容だ。5月に党元老や退役将軍までもが参加した共産党政治局秘密拡大会議が開かれ、来月27~30日の共産党四中全会で習近平主席の退陣を公式に決定することにしたとも主張している。
中国の最高指導部の内部動向は、外部からは把握できないブラックボックスだ。中国の権力闘争を一つひとつ覗き見てドラマのように描いた「習近平失脚説」は、好奇心を刺激してアクセス数を増やす。しかし、その内容は根拠が不明で、一部の現象を誇張して無理に組み立てたものだと多くの専門家が指摘している。長年にわたり中国政治を研究してきたソウル大学国際大学院のチョ・ヨンナム教授は、「パシフィック・リポート」最新号への寄稿で、習近平主席は中国共産党の強力な整風運動と15次五カ年計画の樹立を総括しており、ドナルド・トランプ大統領との直接の電話会談を行いつつ、関税や先端技術などに関する交渉を指揮しており、東南アジアや中央アジアなどを訪問して首脳外交を行うなど、権力は堅固に維持されていると分析した。
中国政治評論家の鄧聿文氏も、7日に「ドイチェ・ベレ」への投稿で、習近平主席が権力闘争によって追い出されとすれば、党の公式宣伝に必ず変化がみられるはずだが、そのような兆候はなく、習近平主席の権力弱化説の証拠として提示される主張には説得力がないと指摘した。習近平主席が先月初め、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領に面会した際に娘の習明沢氏が同行し、家族晩餐の形式で進めたことを取り上げ、国外の反習近平勢力が「権力を失った習近平が娘の後事をルカシェンコに託した」と主張しているが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領ではなくベラルーシの大統領に後事を託す理由はないということだ。5月末に習近平主席の父親の習仲勲氏を顕彰する記念館が建てられたが、「習仲勲記念館」ではなく「関中革命記念館」として開館したことは、習近平主席が権力を失ったためとする解釈も出てきた。しかし、鄧聿文氏は、習仲勲氏の23周忌に合わせて習仲勲氏の墓の近くに記念館を建てたことを考えると、習近平主席の権力弱体化の痕跡はまったくないと分析した。
この他にも様々な解釈の余地がある状況を習近平失脚説に断定的に無理やり組み立てることで、陰謀説はさらに拡大する。中国軍部から習近平主席が抜てきした苗華政治工作部主任や何衛東中央軍事委員会副主席らが相次いで失脚し、中央軍事委員会の7人中3人が空席となっている状況は、習近平主席の権力異常説の最大の根拠として議論されている。しかし、「(米国と)戦って勝てる軍隊」を作るために軍内部の腐敗と派閥を清算しようとしている習近平主席の決意が断固としているという意味とも解釈できる。四中全会で中央軍事委員会の人事を注視すべき事案だ。
先月末の中国共産党政治局会議で「党中央意思決定議事調整機構業務条例」を審議したという発表がなされ、退任した元老指導者が政策決定に関与できる新たな政策決定機構が設立されたと断定する主張も乱舞している。
「反習近平クーデター説」も「習近平失脚説」も今回が初めてではない。中国共産党第20回党大会が開かれる直前の2022年9月末にも、習主席がクーデターで追放され自宅軟禁状態にあるといううわさが広がったことがある。実際には、開催された第20回党大会で習主席の3期目が確定し、最高指導部が習主席の忠誠派で構成されることになり、習主席の権力が歴代最高に強化された。
2022年に続き2024~2025年にも繰り返された習近平失脚説と反習近平クーデター説のフェイクニュースは、明らかに政治的目的を持って作られて、拡散されたとみられる。「反中国共産党」指向が明確な法輪功関連のメディアであるエポック・タイムズやNDTで発生し、米国や台湾の反中ユーチューブ・チャンネルや「専門家」を経て拡散した。ここで、今年の「習近平失脚説」は、米国と韓国だけで猛威を振るっていることに注目する必要がある。ゴードン・チャンやマイケル・フリンなど、習近平失脚説を先頭に立って主張している米国内の著名人は、中国崩壊論や「中国による韓国選挙介入説」を主張して尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領を支持した者たちだ。彼らに加え、米国内の反中国論客が習近平権力異常説を主張すると、韓国内でワイ・タイムズをはじめとする多くの極右ユーチューブ・チャンネルが彼らの主張を引用して拡散して増幅させる「無限循環ループ」が機能している。「中国選挙介入説」に代表される極右嫌中陰謀論の土壌とユーチューブ・チャンネルが、韓国社会に広範囲が広まり、「尹錫悦戒厳令」をきっかけに米国と韓国の極右勢力がさらに緊密に結びついた結果だ。日本では関連の報道がほとんどなく、「習近平失脚説」に対する報道機関と世論の関心もほとんどない状況とも対照的だ。
長期政権が続く習近平主席の権力行事の方式に「変化」のシグナルがないわけではない。昨年9月を基点に、中国指導部が経済と改革開放を以前よりはるかに強調する「柔和路線」の方向に動く流れが目につく。その直前の7月、中国共産党の第20期三中全会と8月の北戴河会議に至り、このような変化が始まったとみられる。習主席が主導した厳格なゼロコロナ封鎖政策で打撃を受けた中国の民間経済は、いまでも完全に回復せずにいる。中国が先端技術分野で躍進していることは明確な現実だが、一方では、失業や低調な民間消費やデフレ、生産過剰、不動産停滞などに対する不満と不安の声も高まっている。民間経済の困難のもとで習主席も、安全保障一辺倒ではなく、成長を強調する方向に政策調整をせざるをえなくなったことが読み取れる。
2つ目の変化は「李強首相の浮上」だ。李強首相は前任者の李克強首相に比べるとはるかに存在感が低い「習近平主席の影」のようにみられていたが、最近はその存在感が注目されている。李強首相は、今月の初めにブラジルで開かれたBRICS首脳会議に習近平主席の代理で参加した。米国のシンクタンク「アジア・ソサエティー」の中国政治アナリストであるニル・トーマス氏は先月、「フォーリン・ポリシー」に掲載した「李強の静かな浮上」で、習近平主席が最近経済セクターを李強首相に委任しているとみられると分析した。最終意思決定権はいまでも習主席が掌握しているものの、日常的な政策決定は信頼する李強首相に任せる方向に変化しているというわけだ。72歳の習主席が以前のように経済・外交・安全保障の実務にまで直接関わるのは無理だという状況のもと、負担を減らし、問題が発生した場合には李強首相が責任を負うようにすることもできる。しかし、李強首相の権限は徹底的に習主席に従属している。BRICS首脳会議に李強首相が参加した7日の人民日報1面には、李強首相とブラジルのルーラ大統領が手を取り合って笑みを浮かべている写真と記事が掲載されたが、トップ記事は「習近平生態文明選集」出版のニュースだ。習近平思想を深く学習して習近平主席を核心とする党の団結を強調する内容が、1面トップ記事と2面全面にかけて扱われている。習主席の第一人者の地位の確かさを示している。
習主席の健康は注目すべき変数になりうる。すでに13年間にわたり党・政・軍の絶対権力を掌握し、10あまりの委員会を直接管轄して「激務」をこなしてきた習主席は、いっそうの高齢化が進むことにより、習主席の健康と後継問題が中国政局の主要課題として浮上するだろう。習主席が今年初めてBRICS首脳会議に参加せずに李強首相を代理参加させたことで、健康不安説が再浮上することになった。米国や台湾で習主席が心臓病や脳卒中などを患っているという主張が広がった。2027年の第21回党大会で習主席が4期目に就任することになるのか、どのような後継の構図を反映した最高指導部を構成するのかなどが、熱い問題になるだろうが、現時点で言われているようなうわさのように、習主席の突然の権力喪失のかたちには、おそらくならないだろう。
韓国社会全体が「習近平失脚説」に過度に没頭しているのは危険なシグナルだ。見たくもない中国の現実を回避し、「望みのままの中国」に逃避する人たちが非常に多い。「不安定な中国」や「まもなく退く指導者」との外交に精魂を込める必要がないという意図も背景にある陰謀論だ。習近平主席が「かかしの指導者」になったとすれば、米国のトランプ大統領はなぜ、習主席との首脳電話会談や首脳会談を成功させようと、奔走しているのか。いまこそ、慎重かつ冷徹な中国観察が急がれる時期だ。
パク・ミンヒ|統一外交部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )